フルブライト留学制度というのがある。戦後、日本の優秀な人々はこの制度を使ってアメリカの技術や思想を学んできたものだ。間違う人がいるのだが、フルブライト上院議員がお金を出した制度ではない。法案を出したのである。1946年に、フルブライト上院議員が「全世界を平和へ導く最も効果的な方法は人物交流である」と考え、広島への原爆投下からわずか2週間足らずのうちに交流計画事業の法案を議会に提出したものである。以後今日に至るまで、このフルブライト交流計画により日米相互の人物交流が支援され、フルブライター(Fulbrighter)と呼ばれる日本人約6500名、米国人約2000名が各界で活躍しているという。
欧米では色々なものに個人名をつけるのが当たり前になっている。普通名詞になった人名� �は「サンドウィッチ」がもっとも有名だ。温度の「華氏」や「摂氏」がFahrenheitさんやCelsiusさんから来ているのもやや有名だ(「華」は中国語でファというためである)。
言語学で地名などの人名語源は名祖(なおや"eponym")ということがある。例えば、「アメリカ」はイタリアの商人・探検家アメリゴ・ベスプッチ(Amerigo Vespucci 1454-1512)の名前に由来する("Amerigo"のラテン語名が"America")。コロンブスが発見した大陸はアジアの一部であるとコロンブスが信じていたときに、アメリゴがその大陸がアジアではないと主張したためにコロンビアにならずにアメリカになってしまった。観覧車のことを英語でFerris wheelというが、これは考案した人の名前ジョージ=ワシントン=ゲイル・フェリス・ジュニアという橋梁技師の名前から取られている。船の「満載喫水線」をPlimsoll lineというが、これは海運の規制強化に努力して義務付けたプリムソルという人の名前から取られている。
日本語でも、【柄井】川柳、【宮崎】友禅、阿弥陀くじがそうだし、八百長(八百屋の長兵衛で店の上客である伊勢海という相撲の年寄と碁を打つ時に手加減した)、【成瀬川】土左衛門(力士)、出歯亀(出っ歯の池田亀太郎)、金時豆(坂田金時=金太郎)、金平ごぼう(金平=金太郎の息子)、のろま(野呂松勘兵衛=人形遣い)など人名から生まれている。あまり知られていないと思うが、八ツ橋は「六段の調(しらべ)」などを作曲した八橋検校の門下生が琴の形をした焼き菓子を作って、聖護院の参道で売り出したのだが、師匠の名前に由来している。新しい?ところでは「江川る」なんていうのがある。中国でも「包丁」が人の名前だったとされる(異説あり)。新しいところでは図書館や本屋に行くとトイレに行きた� ��なる「青木まりこ現象」というのがある。『本の雑誌』に最初に投稿した人の名前から採られている。
面白いのは九官鳥で、「九官」という中国人が日本にこの鳥を長崎にこの鳥を持ち込んだ。その際、人間の言葉を真似することを伝えるために「この鳥は吾の名前を言う」と言ったのだが、「吾」を持ち込んだ人ではなく、鳥のことと間違って訳されたため「九官鳥」の名がついたという説が、『本朝食鑑』や『飼籠鳥』に見られ、通説となっている。
出歯亀の話は誰でも知っているように英語では"Peeping Tom"という。ゴダイヴァ夫人の裸体をこっそり見たためである。
料理の名前にも人名がつけられることが多い。日本では沢庵【和尚】、隠元【禅師】がある(沢庵は語源説が多い)。麻婆豆腐は顔に麻(あばた)のあるお婆ちゃんに由来しているとされる。マドレーヌ【メイドの名前】、ビーフストロガノフ【ロシア伯爵家の名前】、ドリア【イタリアの貴族・ドリア一族のためにパリのレストランが創作した料理】、マルゲリータ【ピッツァでイタリアの王妃から】、シャリアピン・ステーキ【オペラ歌手】などが思い出される。変わったところではドンペリというのは圧力のかかるシャンパンを詰める技術を発明した修道僧ドン・ペリニヨンから来ている。日本人が勝手につけたのはバイキング料理【北欧のスモーガスボードからの連想でカーク・ダグラスの映画から】、ジンギスカン料理【も� ��外国人が信長焼きとか作ったらどんな気持ちだろう】などがある。折り箱に稲荷ずしと巻きずしを詰めたものを「助六ずし」というが、歌舞伎の『助六』に登場する遊女「揚巻」にちなんだ名と伝えられる。「揚げ」(油揚げ)と「巻き」(のり巻き)である。
勝手に名前を変えられることもある。モンキーレンチというのはCharles Monckyが発明した工具だが、いつの間にかmonkey wrenchになってしまった。しかも英語で"throw a moneky wrench/イギリス英語spanner in the works"というと「問題を起こして計画を邪魔する」という意味である。失礼な話である。
裁縫に使う「待ち針」は「小町針」ともいうことがあるが、言い寄ってくる多くの男に小野小町がなびくことがなかったため、穴のない女と噂されたという伝説に基づき、穴のない針のことを「小町針」と呼んだことから来ているという。失礼な話である。
火炎瓶をMolotov cocktailというが、1940年にソ連がフィンランドに侵攻した際のソ連の外相がモロトフで、こいつを追い出そうというのでつけられた名前だ。
英語の人名を元にしたイディオムを紹介する。"Uncle Tom"(白人にへつらう黒人)、"every Tom, Dick and Harry"(猫も杓子も)、"Before you can say Jack Robinson"(あっと言う間に)、"Joe Bloggs"(名無しの権兵衛)、"John Doe"(身元不明の死体や不特定の男子/女子はJane Doe)、"Joe Public"(一般大衆)、"Mickey Mouse"(くだらない)、"mackintosh"(レインコートだが、本名はMacintosh)、"the real McCoy"(本物)、"gerrymander"(選挙区を有利なものに変える)、"maverick"(独立独歩の人)、"keep up with the Joneses"(見栄を張る)、"Bob's you uncle"(大丈夫)などで、やっぱり多い。
毎日新聞「余録」(2008年4月25日)に次のような話が載ったことがある。博学というのはこんなことだろうと思う。
余録:(2008年4月25日 大きな金づちを「げんのう」と呼ぶのは、近づく生き物を殺してしまう殺生石を打ち砕いた玄翁和尚(げんのうおしょう)にちなんだものという。鳥羽上皇が寵愛(ちょうあい)した玉藻前(たまものまえ)−−実は九尾の狐(きつね)が妄執を残して石となったという栃木県那須町の殺生石にまつわる伝承だ▲能の「殺生石」では玄翁和尚はげんのうを振るうわけではない。里の女の姿をした石の霊と語り合い、言う。「あまりの悪念は、かえって善心となるべし。ならば衣鉢(いはつ)(仏道)を授くべし」。その玄翁が石に花を手向け、焼香して供養をすれば、それより殺生はなくなったという▲殺生石が近づく鳥獣を倒したのは主に周囲で発生する火山性ガスの硫化水素によるものといわれる。【…】 |
他に有名なものをあげれば次の通りである。
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