2012年4月10日火曜日

よくわかる原子力 - なぜ原発は推進されるのか


なぜ原発は推進されるのか

 このホームページの他のページから、政府や電力会社の宣伝にもかかわらず、原子力発電にはさまざまな問題点があることがわかったと思います。しかも、かなり多数の人が原発推進に反対 の意見を持っています。これは、日本で行われた数カ所の住民投票で原発反対票が賛成票を上回ったことや、過去に行われた原発に関する世論調査からもわかります。ここでは、それなのになぜ政府の原発推進一辺倒の政策が変更されないのか考えてみましょう。 まず、政府や電力会社の原発推進の理由を見てみましょう。例えば、電気事業連合会は次の3点をあげています。

 しかし、エネルギーの安定供給や地球温暖化を心配するなら、なにもデメリットの多い原子力発電に頼らなくても、エネルギー全体の使用量を減らし、自然エネルギーに力を入れるのが一番合理的ではないでしょうか? ヨーロッパのいくつかの国々が原発から撤退し、自然エネルギーを利用する方向をとっていること(▼資料へリンク)からも、それが可能だということがわかります。少なくとも、将来の環境重視型社会を目指して、今から政策を少しずつ変えていくべきではないでしょうか。しかし、政府や産業界は「エネルギー全体の使用量を減らす」とは絶対言いませんし、自然エネルギーを本気で推進しているようにも見えません。これはなぜでしょうか? つまり、表だって議論されない原発を推進したい理由、あるいは原発を推進するための巧妙な仕組みがあるのではないかと疑いたくなります。そこで、表だって議論されない原発推進の理由や仕組みとして次のようなことを考えてみました。

 そしてもう一つ重要なことがあります。それは私たち市民(国民)全体の問題です。

 これらについて、一つずつ解説しましょう。

理由1・原子力産業や建設会社などが原子力で儲け続けるために不公正な圧力を加えているから

 まず、日本の原子力産業にはどんな会社があって、どれくらいのお金が動いているかを調べてみました。日本で原子炉を作っている会社は、三菱、日立、東芝の3社です。その他に核燃料を作る会社から廃棄物を処理する会社までたくさんの会社があります。原子力産業全体の2001年度の売上高は、約1兆7500万円。電気事業者全体が2001年度に原子力関連に支出した金額が約2兆円強です(「原子力市民年鑑2003」より)。いずれにしても 莫大な金額が原子力をめぐって動いていることがわかります。 「原子力発電の原理」のページで、原発には2種類あることが解説されていたと思います。加圧水型原発(PWR)と沸騰水型原発(BWR)です。加圧水型原発(PWR)はアメリカのウェスチングハウス(WH)社が開発し、日本の三菱重工業が技術提携して作っています。加圧水型原発を採用しているのは、北海道電力、関西電力、四国電力、九州電力です。沸騰水型原発(BWR)はアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社が開発し、日本の東芝と日立製作所が技術提携して作っています。沸騰水型原発を採用しているのは、東北電力、東京電力、中部電力、北陸電力、中国電力です。右の表からわかるように、1960年代からずっと、三菱重工と東芝・日立がほぼ均等に原発を受注し、(最近はペースダウンしていますが)作り続けています。これは、政府が双方のグ� �ープに均等に発注するよう調整し、原子力産業を育ててきたと理解できるでしょう。また、1基3000〜4000億円と言われる原発をつくれば、原子力産業だけでなく、建設会社を始めたくさんの企業が潤います。このように巨大になった原子力産業ですから、原発関連で働く人も相当多数になるでしょう。

 そこで唐突な例ですが、あなたが原子力産業の幹部の一員になったと仮定します。社会には原発に反対する人がたくさんいます。そういう中で自分の会社の利益を守るために、あなたはどんなことをするでしょうか? そうです。業界の利益を守るために政治家や政党や官僚や審議会の委員や、あるいは世論などにいろいろな手を使って影響を及ぼし、原発推進の政策を維持させようとするでしょう。どんな業界でも団体でも目的を達成するためにPRやロビー活動をすることはありますから、それ自体が悪いわけではありません。問題は、方法がフェアかどうかということです。具体的にどんな影響を及ぼしているかということを理由2〜4および5に書きました。 以下でそれらを詳しく解説しましょう。

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理由2・費用をすべて電気料金に上乗せできるから

 普通の企業では商品の価格を安くしないと売れませんから、企業はコストダウンに務め、競争に勝ち抜こうとします。しかし、電力会社は地域独占企業なので競争がありません(電力が自由化されるまでは)。そこで、電気料金の決め方は普通の企業と違って、次のように法律で決まっています。これを総括原価方式といいます。

まず、電気の原価を計算します。
原価=発電所・変電所や送電線の建設費+燃料費+運転費用など

その原価に適正な割合で報酬(儲け)を保証します。現在は4.4%です。
報酬=原価×4.4/100

こうして電気料金が決まります。
電気料金=原価+報酬

 このように電気料金が決まっているとき、皆さんだったら儲けを大きくするためにどうしますか? もうわかったでしょう。発電所をたくさんつくって建設費を大きくすれば原価が大きくなり、儲けも大きくなります。したがって電力会社には、コストダウンに務め、電気料金を下げて生き残ろうという動機が生まれにくいと言えます。ですから、原発のように非常にお金がかかるものでもたくさんつくった方がトクという、何だかおかしなことになっています。さすがに政界や経済界の人も「これでは日本の電気料金は高いまま」ということに気がついて、最近電気の販売が一部自由化され、電力事業にも自由競争を導入しようとしていますが、まだ総括原価方式の基本部分は変わっていません。これが原発の経済性にお構いなく原発がつくられていく一つの理由になっています。

 最近、電力の自由化に関連して、核燃料サイクルや放射性廃棄物にかかる費用をどうしたらよいかという議論が電力業界の中で起こっています。考えてみれば、原発推進側は「原発は安い」と言い続けてきたわけですから、電力が自由化されても困らないはずです。しかし、電力業界がこれから原発にかかる費用に悲鳴を上げているわけですから、これは「実は原発は安くなかった」 と証明しているようなものでしょう。とにかく、電力業界も自由化される方向に進んでいます。自由化される程度によりますが、原発の費用をすべて電気料金に上乗せするわけにいかなくなる時が来るかもしれません。その時に、コストや経済性の観点から原発の是非が社会的に問われるかもしれません。

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DMV NJに何をもたらすために
理由3・過疎で悩む地元に莫大なお金を落とすから

 もしあなたの家の近くに原発が建設されるとしたら、あなたはどう思いますか? 事故の危険や放射能による汚染を考えたら、やはり「いやだ」と思う人がほとんどでしょう。しかも、原発が建つのは地方で、電気を使うのは大都会ですから、地元にはメリットはほとんどありません。メリットは働く場所が少し増えることくらいでしょうか。 そこで、政府は「電源三法」という法律を作りました。「発電所を受け入れた自治体には莫大な交付金を出しましょう」という法律です。
詳しく書くと、
電源開発促進税法
電源開発促進対策特別会計法
発電用施設周辺地域整備法

の三つです。交付金の財源は電気料金にかかる電源開発促進税です。(今ではもっといろいろな法律ができ、長期にわたってお金が交付されるようになっています。) 発電所ができれば莫大な固定資産税も地元自治体に入ります。これらのほかに、電力会社が地元の漁業協同組合に出す「漁業補償金」や漁業協同組合や自治会などに出す「協力金」・「振興策」 なども大きな金額です。 どのくらいのお金が自治体に入ってくるかというと、例えば高速増殖炉「もんじゅ」によって周辺自治体へ交付された金額を見てみましょう。

「『もんじゅ』だけでみると、立地する敦賀市に56億9430万円、『隣接』の三方郡美浜町に22億5000万円、南条郡河野村に7億9300万円、同郡今庄町に7億5200万円、『隣々』は越前町 7億1300万円、武生市と南条町が同じ1億4900万円、今立郡池田町9900万円となっている。福井県へも12億6550万円の金が入る。『もんじゅ』関連で、福井県全体に126億円あまりの交付金が出る計算だ」(朝日新聞福井支局「原発がきた、そして今」朝日新聞社より)

 「もんじゅ」という一つの原発だけでこうなのですから、たくさんある原発による交付金を合計するともっとすごい金額になります。このお金がからんで、「原発賛成」「原発反対」の対立が深刻になり、家族・親戚・地域の間で口もきかなくなるというような、地域社会の分断と崩壊が起こっているところが多くあります。交付金というと用途が限られるのが普通ですが、電源交付金の用途は道路、港湾、医療施設、教育文化施設、産業の導入や振興、福祉対策など非常に幅が広いので、自治体にとってはのどから手が出るほど欲しいものでしょう。この交付金によって役所を建て替えたり大規模なホールやスポーツ施設や福祉施設などをつくった自治体がたくさんあります。施設をつくると維持費がかかります。交付金や固定資産� ��は何年かたつと入ってこなくなったり、金額が極端に減ったりします。すると、そのうち施設の維持が大きな負担になります。こうして、一度原発を受け入れた地域は2号機、3号機がほしくなる、という仕組みになっているのです。
 要するに、この交付金制度は「札束でほほをたたいてうんと言わせる」ようなものです。原発を受け入れた地域の多くは過疎で深刻な現実をかかえており、悩んだ末の決断であったかもしれません。しかし、お金の力で人の心を買うような制度がまかり通っていいのでしょうか。 電気を湯水のように使って豊かな生活を楽しむ私たちには、こういう仕組みに責任はないのでしょうか? しかし、最近は「原発ができていろいろな施設はできたが、他の企業も進出してこないし、若い人も地元に残らない」とか「市内の商工業が発展したわけでもない」など、以前から言われていたことが現実となっています。新潟県巻町や刈羽村、三重県海山町の住民投票で反対票が上回ったのも、こういう原発立地地域の実情が一因であることは間違いないでしょう。

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理由4・原発推進のためにすごいお金をかけてPRしているから

 例えば、電力会社などが出しているパンフレットを見てみましょう。
「暮らしを支えるエネルギー 原子力発電」
「原子力発電もリサイクルを進めます。」
「そう、地球温暖化は困った問題。だから発電時にCO2を出さない原子力発電が大切なんですね。」

など、あからさまに「原発は必要」と言わなくても、何となく「原発のおかげで今の生活がある」とか「電力会社はとてもいいものだ」というイメージを与えるように作られているのがわかるでしょう。新聞や雑誌でも、原発関係の広告をよく見かけます。原発のメリットばかり書いてあって、デメリットは一つも書いていないものが多いと思います。広告主を見ると、電力会社だけでなく、 経済産業省資源エネルギー庁だったりします。インターネットで「原子力発電」を検索してみると、各電力会社や原子力産業と経済産業省資源エネルギー庁などのホームページがずらりとヒットします。どれもがきれいでわかりやすくできていて、よく見ると原発のメリットばかり書いてある事がわかります。特に子ども向けのページが充実しているのがわかるでしょう。学校には、電力会社や「原子力文化振興財団」や「エネルギー環境教育情報センター」などから大量に原発推進のためとわかる教材が送られてきます。そういう団体は学校に講師を派遣したり、生徒向けや教師向けの原子力研修会も開いています(教材配布・講師派遣状況)。学校向けのものはほとんど無料です。
原発の現地や大都会には、電力会社の「PR館」があります。近代的な建物に入るときれいでわかりやすい展示物が並んでいて、発電の原理や核分裂の原理、そして原発がいかに役立っているかが説明してあります。やはりデメリットはほとんど書いてありません。一つ言えることは、資源エネルギー庁など行政が提供する広告について、原発推進を主張する一方的な広告に国民の税金を使うのはおかしいということです。いくら国策とはいえ、社会的に対立している問題の一方だけを主張する宣伝を行政がしていいのでしょうか。公平な情報を提供するのが国民の税金を使う行政の仕事ではないでしょうか。
 また、広告を考えるときには、誰をターゲットにして、どんなメッセージを伝えようとしているかが重要です。テレビは一般向け、新聞や雑誌は少し知識のある人向けでしょう。ホームページはいろいろですが、子ども向けのものは「総合的な学習の時間」の調べ学習をターゲットにしたものかも知れません。(これがこのホームページを作った理由でもあります。) そして、私たちは広告や放送(メディア)が伝えているイメージやメッセージの裏を見破る力をつけなければなりません。「自分はテレビなんかに影響されないよ」と言う人が多いですが、もしそういう人が多いなら莫大なお金をかけてスポンサーになったりCMを流したりする企業などないはずです。明らかにメディアには効果があって、私達はメディアに影響されてものを買ったり、考え方を一定の方向に誘導されたりしているのです。とにかく、莫大なお金を原発の宣伝に費やしていることは確かです。電力会社も政府も、メリ ット・デメリットを公平に扱う情報提供をするべきです。

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パナマの車は触媒コンバーターを持っていますか?
理由5・原子力技術を持っていればいつでも核兵器をつくることができるから

 「日本が核兵器を持つなんて、あるわけない」と思うかもしれません。しかし、日本の政治家の中には核兵器を持ってもいいと思っている人がいるのです。例えば、最近では1999年には西村眞悟前防衛政務次官が「いや、核を両方が持った以上、核戦争は起きません。核を持たないところがいちばん危険なんだ。日本がいちばん危ない。日本も核武装したほうがエエかもわからんということも国会で検討せなアカンな。」と発言していますし、2002年には内閣官房副長官の安部晋三氏(当時)が「核兵器や大陸間弾道弾も憲法上は問題ではない、小型であればよい。」と発言しています。 広島と長崎の原爆被害を体験した日本でこういう発言がなされるということ自体信じがたいことですが、実際にこう思っている人がいることは事実です。 ここで、実際に日本の原発から核兵器をつくることができるかを考えてみましょう。

(A)ウランを濃縮して核兵器をつくることができる ウラン濃縮工場があれば、濃縮行程を非常に数多く繰り返すことによってほぼ純粋なウラン235 を得ることができます。こうして、ウラン型原爆をつくることができます。日本には、青森県六ヶ所村にウラン濃縮工場があります。

(B)原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出して核兵器をつくることができる。プルトニウムといっても、核兵器の材料になるのは核分裂性のプルトニウム 239だけです。純粋なプルトニウム239があれば高性能な核兵器をつくることができます。しかし、原発(軽水炉)の使用済み核燃料から取り出されるプルトニウムには、プルトニウム238、240、241、242などの同位体が含まれています。そういうプルトニウムからつくった核兵器では、大きな爆発力を得るのがむずかしいと言われています。しかし、アメリカが実際に核実験をしたところ、原発から取 り出したプルトニウムでも核兵器に転用することは可能という結論になりました。使用済み核燃料からプルトニウムを取り出すには「核燃料再処理工場」が必要です。日本では、現在東海村で操業中のほか、青森県六ヶ所村に建設中です。そこで取り出したプルトニウムをもう一度核燃料に利用する予定ですが、核兵器に転用することも可能であるということです。

(C)高速増殖炉がつくるプルトニウムから核兵器をつくることができる。高速増殖からは、かなり純度の高いプルトニウム239を得ることができ、それを使えば高性能の 核兵器をつくることができます。日本では、高速増殖原型炉「もんじゅ」が1995年に事故を起こし、現在運転が中断しています。2003年1月に設置許可無効の判決もあって、現在のところ運転再開のめどが立っていませんが、もし運転が再開され、ブランケット燃料が再処理されれば、日本は純度の高いプルトニウムを手にすることになります。(「高速増殖炉のプランケット燃料」とは、高速増殖炉の核燃料の周囲に置いたウラン238だけからなる燃料棒のことで、それが中性子を吸収してプルトニウム239に変化するものです。)

(D)核融合技術に取り組むことによって、高性能な核兵器を作ることができる。これは将来の話であるし、少し難しい話になりますが、現在日本政府が「国際熱核融合実験炉 (ITER)」を誘致しようと躍起になっている上、多くの人が「核融合は夢のエネルギー」だと思っているようなので少し解説します。核融合とは、もとは「小さな原子核が融合して大きな原子核ができること」ですが、普通は「水素の原子核をぶつけ合って、ヘリウムの原子核をつくること」を意味します。その際に莫大なエネルギーが生じるので、これを発電に利用しようというのが核融合炉です。太陽が光り輝くのも、水素爆弾が巨大な破壊力を持つのも同じ原理です。原料は水素ですが、普通の水素原子を核融合させるのは難しいので、重水素(デューテリウム、D)と三重水素(トリチウム、T)を原料に使います。これらを数億度という高温にして核融合反応を起こさせるわけです(これをDT反応といいます)。この反応が起こる時に高速の中性 子が発生する、というところがポイントです。核融合には、三重水素という放射性元素が環境に漏れ出すと恐ろしいことになるという問題、さらに発生した中性子が炉壁の材料を放射性物質に変えてしまうという問題があります。しかし、 ここではそれは置いておいて、核兵器への利用可能性についてだけ考えます。ウランやプルトニウムの核分裂を利用した核兵器(普通の原爆)に、重水素と三重水素を添加すると、上記のDT反応が起こって高速の中性子が発生し、未反応のウランやプルトニウムを分裂させます(ブースティング)。つまり、より高性能の核兵器を作ることができます。これによって、今持っている純度の低いプルトニウムでも実用的な核兵器を作ることができる、ということになります。これは、日本がもし核兵器を開発しようとしたら、大変役に立つ技術です。日本がまだ持っていない核兵器に関連した技術の一つに、大量のトリチウムを扱う技術があります。「国際熱核融合実験炉(ITER)」が日本に誘致されたら、日本はその技術を手に入れること ができるのです。(トピックス)

 以上のように、日本でもいくつかの方法で核兵器をつくる潜在能力があることがわかったでしょう。だからと言って、「政府は核兵器を製造するために原子力開発をしているのだ」と言いたいわけではありません。国民の世論も核兵器開発には反対でしょうから、そんなに急に核兵器開発を始めるわけでもないでしょう。しかし、実際に核兵器開発の潜在能力を持ちたいと考えている人がいることは確かです。それが原発を推進する理由の一つになっている可能性は否定できないでしょう。

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理由6・政策決定に市民が参加できないから

 日本のエネルギー政策はどこでどのようにつくられ、決定されているのでしょうか。多くの人は、国の大きな政策なのだから公平にきちんと審議されて国会で決定されていると思っているかもしれません。 この点について簡単に解説しましょう。


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 唐突な例ですが、業界の仲間内の利益を守るやり方の一つに「談合」というものがあります。「談合」という言葉は「いくつかの業者が公共事業の分担や落札価格などをあらかじめ話し合って決めておくこと」という意味に使われます。公共事業などの入札で「談合」がおこなわれたら、これはフェアプレーに反するので罪に問われます。これと同じようなことが国の政策を決める時に、堂々と、法律に則って、公正さを装っておこなわれているとしたら、あなたはどう思いますか? 「今の日本でそんなことがあるはずがない」 と思いますか? (ただし、ここではもう少し広い意味で「事前に業者が話し合って利益を分け合うこと」という意味で使います。) それはどのようにおこなわれるかというと、「諮問機関」とか「審議会」とかいう隠れみのを使う方法です。いきなり政治家や官僚が、ある業界に都合がいい政策を提案するのでは疑惑を持たれます。そこで「こういう審議会で公正な議論をしてこういう答申を受けたので実行します」という形式を踏むのです。本当に公正な審議をしてもらっては困りますから、決まった結論が出るようにメンバーを選びます。公正さを装うために反対派をわざと数人入れることもありますが、最後は多数決なので結論は変わりません。こういう方法で政策をつくれば、政治家や官僚が悪者にされることもなく、公正さを装って一部の人に都合のいい政策を実行できるでしょう。これはエネルギー政策に限らず、公共事業など、今の日本のいろいろな場面� ��当てはまります。
日本のエネルギー政策のもとになる「エネルギー基本計画」と「長期エネルギー需給見通し」をつくっているのは「総合資源エネルギー調査会」という諮問機関で、経済産業大臣が任命した委員によって構成されています。現在(2004年8月)の「エネルギー基本計画」は、2003年4月から総合資源エネルギー調査会の基本計画部会で審議されました。その委員は27名でしたが、原子力について縮小論をとる委員はただ一人でした。その委員である九州大学の吉岡斉さんは審議会の審議の模様を次のように描いています。

「その審議の進め方は一言でいえば、『エネルギー一家』の家族会議のそれである。そこでは家長(資源エネルギー庁)が、家族構成員たち(エネルギー関連諸業界の代表者や代理人)の意見をひととおり聞き、その上で家族構成員の皆(石油業界、電力業界、ガス業界等々)が納得してくれるような裁定を下す」(「科学社会人間」No.88 [2004年]より)

 まさに上に述べた談合のようなことがおこなわれて、日本のエネルギー政策がつくられていることがわかるでしょう。本来なら、国民や公共の利益のため、望ましい将来の社会をつくるための議論をして政策を決めるべきですが、このような審議会にはそういう発想は全くないと言っていいでしょう。しかも、このやり方の巧妙なところは、責任者が誰かわからない、つまり誰も責任をとらない無責任体制だというところです。そもそも日本では、ある政策をおこなった結果が成功だったか失敗だったかを評価するということがありません。本当は税金をムダにしないためにも、きちんと評価して、その反省を次の政策に生かすべきです。しかし、それをおこなったら都合の悪い人がたくさんいるのでしょうか。評価そのものをする習� ��がないし、国民もそれを許しています。つまり、税金が無駄に使われたかをきちんとチェックしなくても国民は怒らないのです。(住民監査請求という制度はありますが、国の政策の評価のシステムはありません。)それもあって、これまで政策をつくった当人の責任を問われたということはありません。エネルギー政策も同じで、たとえ将来原発の大事故が起こっても、政策をつくった当人は誰も責任をとらないでしょう。

 さらにおかしなことがいくつかあります。これは外国の政策の決定の仕方と比べるとよくわかります。アメリカとスウェーデンの例と比べてみましょう。

1)アメリカの例
 アメリカ政府のエネルギー需給見通しの報告書には
・詳しい内容を知りたいときの問い合わせ先が最初に書かれている。
・見通しの背景となった諸前提がきちんと数字で示されている。
・いくつかの前提を変えたケースの計算結果が載っている。
・民間機関の予測との比較がある。

という特徴があります。計算方法も諸前提もすべて公開されているので、政党も含めていろいろな団体がエネルギー政策の代替案をつくることができます。実際にアメリカでは議会で議論し、政府案を大きく修正してエネルギー政策が決まっています。(市民エネルギー研究所「2010年日本エネルギー計画」ダイヤモンド社より要約)

2)スウェーデンの例
 スウェーデンの政策の策定手順は以下の通りです。
「政府が諮問機関(さまざまな調査委員会)に案件を諮問し、その答申(報告書)を受けます。調査委員会の報告書はあくまで政府の立場でつくった報告書であるという認識です。平たくいえば、調査委員会の報告書は、社会の構成員である国民各層を代表する各団体からコメントを求めるためのたたき台となる共通資料です。政府は政府の政策案を策定する前に、調査委員会の答申を政府の公式な報告書として公表すると共に、この報告書と同一のコピーを利害関係の異なる関係機関・団体(具体的には行政機関、産業界、労働組合、消費者団体、環境保護団体、その他の団体)に送付して、それぞれの機関・団体の立場からの文書による意見を求めます。場合によっては、この報告書を隣接諸国に送り、相手国の意見を求めることもあります� �それぞれの関係機関・団体から送られてきた調査委員会の報告書に対する意見を参考にしながら、政府は政策案を策定し、国会に提出して国会の審議に付し、国会の承認を得るという手順を踏みます。」(小沢徳太郎 著「今、環境・エネルギー問題を考える」ダイヤモンド社より)

 以上の二つの例と日本の政策決定の手順を比べると大きな違いがあります。
(A) 日本の「長期エネルギー需給見通し」には、計算方法や諸前提などの詳しい情報が書かれていない。したがって、他の政党や団体が代替案をつくることができず、対等に議論すること ができない。
(B) 日本の具体的なエネルギー政策(原発を何基つくるかなど)は、「長期エネルギー需給見通し」をもとにして決められますが、その「見通し」そのものは国会で議論されることはない。 つまり、調査会の委員以外の人が議論できる場そのものが設定されていない。

 つまり、エネルギー政策の大前提について誰も意見を言うことができない仕組みになっているのです。何という官僚的で非民主的な仕組みでしょうか。本来なら、スウェーデンのように、なるべく多くの団体の意見を聞いてより良い政策をつくっていくのが民主主義ではないでしょうか。少なくともアメリカのように、情報を公開し、国会で議論するのが最低限のスジではないでしょうか。原発推進が止まらない最大の理由がこのあたりにありそうです。

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理由7・政策決定に市民が参加しようとしないから

原発は国民に支持されている?

 理由6で書いた「原発推進の仕組みは不公正だ」という主張に対しては、次のような反論が予想されます。
「総合資源エネルギー調査会の委員は、選挙で選ばれた与党がつくった内閣によって決められる。もし政策が気に入らなかったら、国民は選挙で別の政党に投票して別の政策を選んでいるはずだ。だから、今のエネルギー政策は国民に支持されているということだ。」


  皆さんは「その通り!」だと思いますか? 今まで書いたように原発推進のための不公正な社会的仕組みや宣伝があるにしても、国民は政策がイヤだと思ったら選挙で別の政党に投票することができるのですから、建前としては確かに今のエネルギー政策を国民が支持していると言えなくもないでしょう。
 しかし、日本の選挙では一般に投票率も低く、政策についての市民の議論もそれほど活発とは言えません。それに、日本では市民運動(あるいは社会運動、 NPO、NGOなど)に参加する人も非常に少数ですし、自治体や国の政策づくりに関わろうとする市民も非常に少数です。つまり、日本では政策というものを自分のこととして考えている人が少ないようなのです。市民運動が政策に大きく影響を与える欧米諸国とは大違いです。多くの人は、「今の安楽なくらしができればそれでいい。難しいことは人に決めてもらった方が、自分は責任とらなくていいし、楽でいい。」と考えているのでしょうか? それとも、市民感覚からかけ離れた、利権の取引ばかりやっているように見える今の政治に、「そんなくだらないことに関わりたくない」と反発しているのでしょうか? それとも、ただ単に「そんなこと考えたことない」のでしょうか? いずれにしても、「国民が支持している」とは「多くの人の無関心」=「反対ではない」ということのようです。ここでは民主主義というものをもっと深く考えてみたいのです。ここから先は、私たち一人一人にとって、耳が痛い話になりそうです。

私たちの本音は?

 私たちの心の中にある本音をよく考えてみましょう。 例えば、原発に反対だというと次のような言葉を返したり、あるいは言葉を返さなくても感情的に反発する人がいます。
「停電になってもいいのか。原発が3割の電気をつくっているという現実を見るべきだ。」
「原発に反対する人は電気を使うべきではない。」
「江戸時代にもどれというのか。」
「自分たちだけが正義だと思ってるんじゃないの?」

 ここまで反発しなくても、次のような言葉はどうでしょうか?
「どうでもいい。今のくらしができればそれでいい。(何も考えたくない。めんどうだ。)」
「節約や省エネに苦労するなんて、まっぴらごめん。」
「うちの近くに原発が建つのはイヤ。(他のところならいい。)」
「原発は不安だけど、停電になったら困る。」
「反対したって、どうせ何も変わらないんだから、反対するだけムダ。」
「事故が起こったら、どうせみんな死ぬのさ。」
「原発には反対だけど、今の豊かなくらしを続けたい。(だから原発はしかたない。)」
「反対の意見なんて、言ったらまわりに迷惑がかかる。(だから言えない。)」

 でも、次のような考えも心の中にあるのではないでしょうか?
「事故や放射能のことを考えたら、本当は原発はいらない。」
「未来の世代へ放射性廃棄物というツケを回すのは良くない。」
「本当は原発って、安くないんじゃないの?」
「原発という不安に支えられた社会って、何かおかしい。」
「今の社会の豊かさはうわべだけ。本当の幸せとは違う。」
これらの言葉の中に、共感する言葉はありましたか? 自分の本音がどこにあるか、そして本当に願っていることは何かを深く考え、人と話し合うことが必要です。今の社会を私たちが希望する社会に近づけるためには、これが第一歩となるでしょう。

民主主義を支えるもの

 皆さんは次のように思ったことはありませんか?
「いくら意見を言ったってどうせ誰も聞いてくれない。」
「いくら努力したって社会なんか変わるわけない。」
「話し合いなんてやってもムダ。」
「どうせ力の強いやつが勝つ。」
「お上品に構えてきれいごとばかり言っている。」
「バカは厳しく管理されたって仕方がない。」
「イジメられたくなかったらフツーにしろ。」
「難しいことは人に決めてもらった方が、自分は責任とらなくていいし、楽でいい。」

 このような感覚は日本の多くの人が持っていると思いますが、このような感覚を持っている人が多かったら民主主義は成り立たないでしょう。意見が対立する時にものごとを決めようと思ったら、深い話し合いと信頼関係がなければ力関係(多数決も含む)で決めることになってしまいます。そして、力関係で決まったあとには、「恨み」や「あきらめ」などの感覚が残ります。上のような感覚はそういう「恨み」や「あきらめ」などの感覚であると同時に、力関係を正当化する感覚でもあります。(B)であげた言葉の中にも、このような感覚があふれているものがあります。例えば原発問題にしても廃棄物処分場問題にしても、深い話し合いと信頼関係があればどれほど問題が軽くなったかわかりません。残念ながら現状は力でものごと� �進めてきた結果、問題がこじれにこじれている例が至る所にあります。一方、例えば新潟県の巻町のように、市民による話し合いと住民投票によって原発を断った地域もいくつかあります。民主主義が問題解決にいかに重要かよくわかると思います。新潟県の巻町では、なぜ市民の間で深い話し合いが行われたのでしょうか。いろいろな要因が考えられるでしょうが、前提として人々の社会への関心や、未来への希望といったものがなければ実現しなかったでしょう。巻町での話し合いの過程は、上に書いた社会に対する後ろ向きの感覚とのたたかいでもあっただろうと思います。つまり、民主主義は制度や仕組みだけで成立するものではないということなのです。私たち一人一人の社会への関心や意志、そして未来への希望がないと成立 しないものなのです。

(D)社会を変えることは可能か?


 皆さんは「いくら努力したって社会なんか変わるわけない」と思いますか? 「原発は国民に支持されている?」に書いたように、日本では多くの人が「社会を変えることをあきらめている」ように見えます。しかし、実際は社会というものは力関係で動いています。そして、人々の力で変えることができるダイナミックなものです。例えば、今ではレストランには禁煙席があるのが当たり前ですし、電車の中は禁煙が当たり前です。しかし、1980年頃までは禁煙席などありませんでした。たばこを吸う人はどこでも人の迷惑を顧みず吸っていましたし、たばこの煙が嫌いな人はどこでもがまんして間接喫煙の被害を受けていました。1970年代に、ある市民団体が国鉄(当時)に禁煙車両の設置を訴えましたが、まったく無視されました。その市民団体はねばり強く運動を進め、心ある多くの人が社会に嫌煙権を訴え続けま� �た。1980年代には、社会的に嫌煙権が認められ、列車や飛行機の禁煙席が一挙に 拡大しました。そうした市民運動の結果、たばこの煙に困らない今の社会があるのです。嫌煙権運動の他にも、原発や産廃処分場を住民運動で断った例など、市民(住民)のねばり強 い運動によって社会を変えた例はたくさんあります。また、よくおちいりがちなのが「All or Nothing」の発想です。「どうせ反対したって原発はできてしまうのだから、反対したってムダ」という考え方です。確かに世の中は結果で判断する人が多いので、「反対運動の負け」という結論になったり、無力感にさいなまれたりするのはわかります。しかし、例えば1980年代後半から続いている「長良川河口堰反対運動」という全国的な市民運動があります。残念ながら長良川河口堰は完成し、1995年に運用を開始してしまいましたが、これで反対運動は負けてしまったのではありません。河口堰は完成してしまったけれども、政府は河川法を改正し、河川行政に環境の視点を加えざるを得ないところまで追いつめられました。つまり、これからの河川行政は治水一辺倒ではなく、環境を考慮しなければいけなくなったので す。つまり、どんな政治的な勝ち負けも100%というものはなく、どのくらい影響があったかという中間的なものです。原発反対運動も同じです。原発反対運動があるからこそ政府や原発推進側は、計画通りに推進することができないのです。

 このように、社会というものは固定的なものでもなく、一部の人の思い通りに動いているわけでもありません。とは言っても、何か意見を言うということはとても勇気がいることです。「自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう」とか「自分だけ出しゃばるのは恥ずかしい」とか「人からどう見られるだろうか」とか「どうせやってもムダだ」などと、つい考えてしまいます。でも、これらの感情は誰でも持っているものです。発言している人を見ると「かっこいいなぁ」とか「よくあん なことが言えるな」と思うものですが、そういう人だって上に書いたような感情とたたかっているのです。それに、何事についても、もしあなたが何も言わなかったら、相手は「反対ではない」=「賛成と同じ」というふうに受け取ってしまいます。それでは自分の考えが伝わらないし、現実を変えることもできません。自分自身を変えることもできません。「あきらめ」(マイナス思考)の状態にとどまってはいけないのです。「希望」と「勇気」(プラス思考)が社会を変える力だということを、皆さんにはぜひ心のどこかに置いてほしいと思います。 あなたはどう考えますか?

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参考資料

『原子力市民年鑑2003』原子力資料情報室編 2003年
『原発がきた、そして今』 朝日新聞福井支局篇 朝日新聞社 1990年
『2010年日本エネルギー計画』市民エネルギー研究所 ダイヤモンド社 1994年
『今、環境・エネルギー問題を考える』 小沢徳太郎著 ダイヤモンド社 1992年
『北欧のエネルギーデモクラシー』飯田哲也著 新評論 2000年
『巻原発・住民投票への軌跡』 桑原正史、桑原三恵著 七つ森書館 2004年

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